双極性障害(躁うつ病)とは
双極性障害という病名・概念が普及するようになったのはうつ病と同じく1980年代、米国診断基準の世界的普及に伴うものでした。以前は躁うつ病(躁鬱性精神病)という名称で、現在のうつ病 (単極性のうつ病)を含む概念でした。
ここで「躁うつ病」と「双極性障害」という病名を比較すると、“双極=ハイ(躁)とロー(うつ)の両極という意味だろうから大して違いはない”と思われるかもしれません。しかし双極性障害という病名が普及してから、うつ病と同じような患者数・診断数の爆発的増加つまり過剰診断という問題が生じました。大きな原因の一つは“軽躁”を広く考えるようになったことにあります。気分が高揚していてかつ、1)自信が高い、2)おしゃべりが多い、3)短時間睡眠でも平気、4)あれこれ考えが走る、5)注意が散漫、6)目標に向けた活動が高まる、7)気が大きくなって大きな買い物をする といった「症状」が3つ以上ある時間が“4日以上”続けば病的な軽躁病エピソードとみなされます。確かに、厳密にこれらの症状や期間が客観的に確認されれば通常ではない状態とみなしてもよいものですが、ほとんどの場合、患者さん自身や周囲の人間はまさにその時期に異常だと認識したりましては病院を受診することはまれで、後からたずねても「そういえば元気がいい時期があった」「あのときはハイだった」という曖昧な回想しか得られません。なお、意気消沈している人が過去を振り返ると元気があった時期がひときわ自分とは異質なものに思われるというバイアスもあります。このように振り返って正確に特定することが難しい軽躁状態を断片的で不正確な情報(「一時ハイでした」「気が大きくなって車を買いました」)から推定診断すること、また医学者の方にも症状の持続時間が4日ではなく2日以上でよい、いや1日の中で気分が変わるのも病的だ、と軽躁の範囲を拡大する考えが出て、いつのまにか諸外国では小児にも双極性障害が多数診断されるという以前は考えられなかった状況が出現するようになりました。これは明らかに過剰な診断、過剰な病気の概念の拡張といえます。日本ではまだ幼児や小学生に双極性障害を診断するといったケースは少ないかもしれませんが、大人の外来ではご自分から「双極性だと思う」と自己分析して受診される方も多くみかけるようになりました。一般に自分に気分のむらがあると考える人は非常に多いのですが、その気分のむら・変動を容易に「双極」という病気に結びつけてしまっているように見受けます。
ところが、双極性障害の拡大には不適切な側面だけではなく、臨床的に価値のある発見も含まれていました。これは双極性障害が軽度のものから重度のものまで連続したもの(双極スペクトラム)であるという考え方で、そこでは概念だけではなく、将来はっきりした躁鬱の症状が出てくることを予見させる要素、つまり今は一見うつ病に見えるけども実は双極性障害であると推定する手がかりを示すものでした。例えば、うつ病を繰り返す、抗うつ薬内服中に軽躁症状が出る、元来平均異常に元気活発な性格である、周産期にうつ病を発症したなどの指摘です。これらは現実的に有用で治療にしばしば役立ちます。
なお、うつ病と双極性障害の見分けという問題にからめて、双極性障害という名前が誤った病気のイメージを与えている可能性を指摘しておきます。〈双極=“ハイ”と“ロー”の両極〉という想像されますが、気分・意欲・活動いずれも打ち沈んだ純粋なうつ状態や多幸感・万能感に溢れ動き回り喋りまくるといった純粋な躁状態を呈する患者さんは現実には少数で、うつ的・躁的だけど不機嫌でイライラしているといった病像が多くみられます。
双極性障害の治療
双極性障害の治療は、第一にしっかりとした薬物療法となります。目標は今ある症状を良くすることだけではなく長期的な気分の変動を最小限におさえることです。なお、以前はうつ病相に陥った場合の治療手段が少なかったのですが21世紀以降に有効な薬物療法が発見されています。