パニック≠パニック発作≠パニック障害≠広場恐怖:

 「パニック」は会話でもよく使われる単語です。日常的な文脈では不安や恐怖感で頭や行動が混乱するという意味でつかわれます(堅苦しく言い換えると「恐慌状態に陥る」となります)。
一方受診される方の問診票にもこのパニックという単語をしばしば見かけます。筆者の印象では、ここ20年ほどでパニック障害という病名が相当広く認知されてきたことが背景にあると思われます。自分がパニック障害ではないかと考えて来院された場合、しばしばそれを訂正しなければならないことがありますが、いつも正確なところを伝えるのは難しいと感じます。

 パニック障害とは、おおまかにいえば「パニック発作」が繰り返し出現する病気です。パニック発作とは一般語としてのパニックではなく、激しい不安感・恐怖感と一緒に、動悸や胸の痛み、窒息感・息苦しさ、発汗、震え、吐き気、めまい・ふらつきなどの体の症状に急激に襲われる、という医学的定義のあるひとかたまりの症状群です。強い不安感のみのばあい、それは十分治療の対象ですが医学的にはパニック発作とはいいません。

 ここで、パニック発作とは広くみられる現象で、成人の3割近くが一度は経験するという調査があります。しかし、発作を2回以上繰り返すつまりパニック障害と診断される方は成人の2~4%程度です。この頻度は病気としては高いものですが、大事なことは「パニック障害」とはパニック発作が一度だけではなくまとまった期間に繰り返されるものだということです。

 またパニック発作を経験した人には身体的苦痛の印象と不安が強く、精神的問題ではなく体の病気だと考えることが多い(動悸・胸部違和感→心臓、息苦しさ→肺など)ということがあります。大体の場合は内科や救急外来などで心療内科・精神科への受診をやんわりと示唆されます。

 次に、パニック発作は他の病気にくっついて起きることがたいへん多いという特徴があります。他の病気とは、うつ病、双極性障害、全般性不安障害、社交不安障害、恐怖症、PTSDなど多岐にわたります。このことをパニック障害という独立した病気が全く別の病気と一緒に併存することが多いと理解するよりも、パニック障害(またはパニック発作)とは特殊な病態ではなく情動の問題をきたす病態で広くみられる一般的症状、と解釈するのが自然と思われます。これとは逆に、他の病気もなく、特に決まった不安状況(電車内など)で引き起こされるのでもない、予測困難に発作が起きるパニック障害は原発的・一次的なパニック障害の形と考えられます。

 パニック障害の治療は、まずパニック発作を二次的に引き起こしていると思われる精神疾患があればその治療が重要です。予期できない発作が起きるような場合は抗うつ薬の内服治療が重要であり、発作を引き起こす特定の状況がある場合では内服治療とともに認知行動療法が有用です。

広場恐怖:怖いのは広い場所ではない

 広場恐怖とは、文字通り考えると〈広場が異常に怖い病気〉ですが、ヨーロッパのように町の中心に広場があるような町が少ない日本では全くピンときません。約150年前にドイツの精神科医が、ひとけのない広い場所つまり逃げ場のない場所で不安に襲われるというケースを紹介してこの病名を初めて使いましたが、「広場」にはだだっ広い場所というほか、市民がたくさん集り売り買いや議論をする公共の場所という意味もあります。現代では、逃げ場がない場所・人目が気になる公共の場所として乗り物、エレベータ、映画館や繁華街などが恐怖の対象であることが多いです(原点は広い場所とは逆に比較的狭い場所になっているのが興味深いところです)。

広場恐怖とパニック障害との関係:

 ところで、この広場恐怖をなぜパニック障害とあわせて説明するかというと、10年ほど前までこの広場恐怖はパニック障害の一亜型だという見方が米国流分類でなされていたためです。筆者は臨床をしていてこの分類はおかしいと常々考えていましたが、現在は広場恐怖とパニック障害は別の病気だと修正されました。映画館、トンネル、エレベータ、乗り物や混雑した雑踏への恐怖・不安があるとそれらの状況に身を置いたときにパニック発作を繰り返しきたすことが多くみられます。そういった症状を経験されている方はパニック発作の部分に困って治療を求められるのですが根源は特定の状況に対する恐怖症の治療が重要となります。